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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1546号 判決 1969年7月08日

控訴人

角谷英之輔

代理人

草信苦明

被控訴人

三枝勇

外三名

代理人

大白慎三

外二名

被控訴人

藤原和子

代理人

石原秀男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決添付目録(一)(二)記載の土地(以下これを本件土地という)が控訴人所有であつたところ、同土地につき被控訴人三枝勇、同三枝義一郎、同三枝稔を取得者とする神戸地方法務局御影出張所昭和三七年一二月一八日受付一四六一二号所有権移転登記がなされ、更にうち(一)の土地につき被控訴人藤原和子のために同出張所昭和三八年三月二二日受付第三一九〇号所有権移転登記が、また同(二)の土地につき被控訴人山中和のために同出張所昭和三八年三月二八日受付第三五八一号所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二被控訴人らは右被控訴人三枝ら三名に対する移転登記は昭和三七年一二月一〇日付同被控訴人らと控訴人との売買契約に基いてなされたものであるところ、右売買(以下これを本件売買という)は控訴人本人の意思に基づくものであると主張し、乙第一号証ならびに丙第一号証には各控訴人の名が記載され、その名下に「角谷」なる押印があり、(うち乙第一号証の分について控訴人の印鑑によることは当事者間に争がない。)また原審ならびに当審証人中谷義一、同田中弥一郎の各証言中には本件売買が控訴人の意思に基づいて行われた趣旨の供述が存するけれども、右両証人の右証言部分はいずれも原審ならびに当審証人角谷八重子の証言および原審ならびに当審における控訴人本人の供述に照らしにわかに措信し難く、また前記乙第一号証および丙第一号証の控訴人作成名義部分は後記のとおり控訴人の意思に基づいて作成されたものではなく、乙第一号証の印鑑についても冒用されたものであることが認められ、他に本件売買が控訴人の意思に基づいて行われたと認めるに足る証拠はない。

三よつて本件売買は控訴人の意思に基づかないものであるところ、被控訴人らは表見代理の主張をするので判断する。

《証拠》を綜合すると次の各事実が認められる。

(1)  控訴人は昭和三七年二月頃、かねて知合の不動産仲介業者である訴外田中弥一郎から本件土地の売却の意思の有無を問われた際、かえつて控訴人は本件土地と地続きになつている北側の一四〇坪程の土地につき売却の意思のあることを示したが、同土地には既に他に仮登記がついているなどの点から訴外田中はこれに難色を示したところ、控訴人は坪八万五千円でならば本件土地を売却してもよいといつたが、訴外田中はその額が高額に過ぎると思いその際はそれ以上に話を進めず、確定的に売却依頼を受けるに至らなかつた。

(2)  その後控訴人は同年三月一日から二二日間位、他の刑事々件のため勾留されたが、そのとき控訴人の妻八重子は知人から警察・検察関係に詳しい人物ということで訴外中谷義一を紹介され、これとその善後策を協議したりした関係上、訴外中谷はその頃から同年九月頃まで控訴人方に同居した。

(3)  ところで、右控訴人の勾留中に、他の事件で控訴人のため供託金受領の必要が生じたところ、控訴人の実印が押収されていたため、八重子は控訴人に無断で有合せの認印を使用して控訴人の改印届をなし、爾後その印を控訴人の実印として右供託金受領の手続をした後自らこれを保管し、控訴人の釈放された後である同年五月頃右改印届をした旨を控訴人に告げた。これに対し控訴人はこれを諒承するとともに右改印届をした印章を控訴人の実印として八重子に引続き保管を委ねた。

(5)  他方八重子はかねて控訴人に無断で中谷義一と相謀り、訴控人所有の他の土地を担保に供して訴外中井恒夫から金借していたところ、同年一二月近くなつてこれが担保流れとなる虞が生じ、これを控訴人名義に確保するための仮処分保証金が必要となり、またやはり別に控訴人所有の他の土地を中谷義一に対し担保提供していたところ、これも担保流れとなりそうになり、その確保のため中谷義一から本件土地を売却して一時金策してくれれば迷惑はかけないといわれ、ここに控訴人に無断で本件土地を売却することを決意し、田中弥一郎を尋ねて坪八万円でこれが売却の媒介を依頼した。

(6)  しかし、田中弥一郎はさきに控訴人がみずから坪八万五千円でなければ売らない意向を示していたのに、八重子から八万円での売却媒介を依頼されたため、更にその点を親しく控訴人に確めるべく控訴人宅へ電話もし、また二度ほど尋ねて行つたが、常に八重子から「控訴人は不在であるが大丈夫だ。一切は中谷義一に委せてある。」といわれ、真に八重子が控訴人から本件土地の売却を委されているものと誤信して右依頼に基づく媒介をなし、同業者の訴訟広瀬一馬を介して被控訴人三枝勇と交渉をし、同年一二月八日頃右広瀬一馬方で、同人、田中弥一郎、被控訴人三枝勇が集り、坪八万円(代金合計一九六万四千円(仮換地地積による)で売買する相談ができ、同月一〇日司法書士富田寿方へ右三名と中谷義一が集り正式の売買契約を締結した。

(7)  一方八重子は田中弥一郎から右下交渉の成立したことの報告を受けて後、中谷義一に対し、控訴人のために本件土地の売買契約締結の手続をして来るように命じ、さきに控訴人から保管を依頼されていた改印後の実印を手交した。

(8)  そこで中谷義一は右印鑑を預り前記の様に契約の場と指定された富田司法書士方に赴き、そこから八重子に電話連絡して八重子の娘に印鑑証明書(甲第五号証)を届けさせ、次いで右印章を用いて登記手続に必要な控訴人名義の委任状(甲第四号証)と、売買契約書(乙第一号証)、売渡証書(丙第一号証)を各作成(尤もこれらの書類の控訴人の名前を中谷義一が筆記したか、中谷義一の依頼により富田司法書士が筆記したかはその各個についてこれを必ずしも明かになし得ない。)して相手方に交付して本件売買契約締結に関する手続を終えた。次いで中谷義一はその場で売買代金の内金一二〇万円を受領した。

(9)  他方被控訴人三枝勇は広瀬一馬から田中弥一郎は信用のおける業者であるからといわれていたし、右の様に契約の場に来た中谷義一が控訴人の実印を所持し、その場から控訴人方へ電話して印鑑証明書を届けさせたりしているので、中谷義一が控訴人のため本件売買契約を締結する代理権を有するものと信じて、本件売買契約を締結した。なお、被控訴人三枝義一郎、同稔の関係では被控訴人三枝勇がこれを代理した。

(10)  本件登記申請は権利証が焼失して存在していなかつたので保証書で代用し、法務局まり控訴人宛に照会がなされたが、これに対しては八重子が前記改印後の印章を用いて登記申請の通り相違ないとの控訴人名義の回答書(甲第六号証)を作成し、これを中谷義一に持参させて引換えに残代金七六万四千円を受領させた。

(11)  中谷義一は、前記(7)で受領した代金内金一二〇万円および右残代金七六万四千円をその都度八重子まで持参し、内金五〇万円を預つて前記(5)記載の仮処分保証金としてその事件を八重子から控訴人名義で依頼していた弁護士に預け、残金の一部は右(5)記載の他の借金の返済に充当するとともに、さらにその残金は八重子から自分が借用した。

(12)  八重子は日常の家事、不動産賃貸料の受領等につき控訴人の代理権を有し(この点は当事者間に争いがない)たほか、金銭貸借、貸金の取立等についても控訴人を代理してそれらをしていたことがあつた。

以上の事実が認められ、前掲各証人の証言ならびに控訴人本人の各供述中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件売買は八重子が控訴人から与えられた日常の家事、不動産賃貸料の受領、金銭貸借、貸金の取立および実印の保管等の権限の範囲を超えて控訴人の代理人としてなしたものと認められる。前顕乙第二号証の一、二には中谷義一が控訴人の代理人たるの表示があるけれども、前認定の事実に徴すれば、中谷義一は既に八重子から本件売買の媒介を依頼された田中弥一郎と相手方間で成立した下交渉に基づいて単に契約書類の作成手続を命ぜられたものであつて、代金の決定権限も与えられてはいなかつたと考えられ、右乙第二号証の一、二に代理人なる旨の表示は単に代金受領の点につき代理することを意味するものと解し得るから、同号各証に右記載あることは何ら右判断の妨げとはならず、他にこの判断を覆えすに足る証拠はない。

次に前認定の事実によれば、右八重子から契約締結の手続を命ぜられた中谷義一が直接本人の署名代行形式をもつてその手続をなし、一方相手方たる被控訴人三枝勇においては、それ迄は媒介者である仲介業者とのみ接していて本人と接していなかつたために、右中谷義一をもつて本人たる控訴人の代理人であると考え、且つ同人にその代理権あるものと信じて本件契約を締結したこと、および被控訴人三枝勇においてそう信ずるについて正当の理由が存したものと認められる。

控訴人は、権利証なしに取引したことを過失と主張するが、前認定のとおり権利証が焼失して存在しない以上止むを得ないものというべく、また、被控訴人三枝勇は仲介業者である広瀬一馬から相手方仲介業者田中弥一郎は信用のおける業者である旨の説明を受け、且つ前認定の様に契約の場に本人の実印と認められる印鑑を所持する者が来て本人宅と電話連絡をしているのを目撃しているなどの事実があるので更に直接本人に確めなかつたことを以つてこれを過失となし難い。

ところで、このように実際には無権代理人の使者に過ぎない者がその命ぜられるところに従い本人の署名代行形式をもつて契約締結手続をしたため、相手方においてこれを権限を有する代理人そのものと信じ、且つそう信ずるにつき正当の理由を有する場合においては、右無権代理人が何らかの基本代理権を有し本人との関係において民法一一〇条に定める権限跨越の場合にあたると認められる限り、表見代理の一態様として本人は右無権代理人の使者によつてなされた行為の責に任ずべきものと解するのが相当である。この点控訴人主張の如く、相手方が代理人と認識した者が常に客観的にも無権代理人そのものでなければ表見代理の成立の余地がないとの見解は表見代理制度を第三者保護の見地から観ずるとき狭きに失し採用し難く、またこの様に解しても本人にとつてみれば無権代理人自身が本人の署名代行形式で事を処した場合と何らの逕庭もないから本人保護に欠くることはない。

そうだとすれば、前認定のように八重子において他に控訴人を代理する権限を有する本件においては、前記中谷義一のした本件売買契約締結の効果は控訴人に対しその効力を生ずるものというべきである。

四以上の次第であるから本件売買の無効を前提とする本訴請求は爾余の点を判断するまでもなく失当として排斥を免れない。よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないので民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(井関照夫 賀集唱 潮久郎)

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